
15年間の教員生活を経て、現在は日本スクールドッグ協会の代表理事として活動している青木潤一さん(41)。
協会活動の傍ら、スクールドッグと呼ばれる犬を教育現場に介在させる活動を行う「Social Animal Bond」の代表も務めています。
教育の場になぜ犬を介在させようと思ったのか。
そのきっかけや、青木さんがパートナーに犬を選んだ理由、今後の展望について伺いました。
この記事を書いた人
教員による「居場所」づくりの限界

——もともとは教員として現場に立たれていたんですよね。
京都にある中学校で、15年間、社会科の教員として働いていました。
——教員を志した時から、動物介在教育に興味があったのでしょうか。
それが、全くそんなことなくて。
興味を持ち始めたのは、ある生徒との出会いがきっかけです。
私が初めて担任したクラスにいて、不登校の子でした。
最初は全然登校できなかったのですが、ちょっとずつ学校に来るようになったんです。
その理由の一つが、僕がその子とずっと遊んでいたこと(笑)。
学校に来たら、「キャッチボールするぞ!」と言ったり、鴨川が近い中学校だったので「川までザリガニを捕まえに行くぞ!」と誘ったりしていました。
——あまりそういう先生っていないですよね。
私は「先生ってそんなんでいい」って思っていました。
「学校が楽しかったら、それでいいじゃん」みたいな。
——そんな毎日だったら、学校に行きたいと思えそうです。
彼も学校に来られるようになって、無事卒業できました。
中高一貫校だったので、高校もそのまま系列の高校に入学したんです。
でも、高校でまた行けなくなってしまって、1学期の途中で自主退学。
そのまま引きこもってしまって。
その事実を知った時に、どうするのが良かったのか何回も考えました。
僕も高校について行っていたら良かったのかなとか。
でも、義務教育の中学と義務教育じゃない高校では教育方法も違うだろうし…。
この時に、教員が行う「生徒たちの居場所づくり」に限界を感じるようになりました。
教育現場に動物を介在させることで情操教育を行ったり、命の大切さを学んだりする活動。
動物介在教育との出会い

——そこから、どうやって動物介在教育にたどり着いたのですか。
マンパワーにはどうしても限りがあるので、システムを変えないといけないと漠然と考えていました。
とはいえ、何をすればいいのかも分からない。
そんな時、たまたま私が勤めていた学校に、研修の講師として吉田太郎先生がいらっしゃって。
動物介在教育についてのお話をお伺いすることができました。
——吉田先生のお話を聞いた時、どう感じましたか。
「これだ!!!」と思いましたね。
研修後に吉田先生に直接ご連絡して、導入の仕方などのアドバイスをいただきました。
さらに、私の弟が盲導犬の訓練士をしていて、これは「何かの縁だ」とも確信しました。
弟に「よさそうな子いる?」と聞いたら、ちょうどキャリアチェンジの子がいると紹介されたのがスーです。
「勤務している教員(青木さん)が飼っている犬(スー)を、勤務先に連れて行く」というかたちであれば、ということで学校からも許可が下りて、スクールドッグ活動を始めました。
日本で初めて学校現場に犬を導入した、動物介在教育の第一人者。当時は立教女学院小学校(東京都杉並区)に勤務。
犬と触れ合うことで得られる「幸せ」

——子どもたちの反応はどうでしたか。
生徒たちがスーのところに集まってくるようになりました。
ちょっと教室で過ごすのがしんどいなと思っている子が、ふらっとやって来たりとか。
大人以上に子どもと犬の親和性って高いと感じています。
番犬として重宝されていた昔、外敵から最初に狙われる可能性のある赤ちゃんや子どもを優先的に守っていたのではないでしょうか。
そういう歴史的な背景もあるのかな、と思っています。
——スーを飼うまで、犬を飼った経験は。
私が子どもの頃に、本当に一瞬だけ飼っていたことがあります。
当時はマンション住まいで、両親は共働き。
今考えれば完全に“衝動飼い”ですよね。
結局1年も飼えずに、祖父母に引き取ってもらいました。
嫌々、早朝の散歩に行っていた記憶が辛うじて残っているぐらいです。
それ以降は猫をずっと飼っていましたね。
なので、どちらかといえば猫派でした。
——てっきり犬派なのかと思っていました。
今は犬派が巻き返してちょうど半々ですね(笑)。
——「犬を学校に連れて行く」ということにリスクもあります。
やはり、私がスーを学校に連れて行き始めた時も、スクールドッグの活動をしている今も、「何かあった時にどうするのか」とよく言われます。
もちろん「何か」がないように最大限工夫はしますが、「何か」は何をしていても起こる可能性があります。
でも、その「何か」を100%完璧に取り除こうとすると「無」になりますよね。
私はそれが、本当に教育現場において良いのかどうかいつも悩んでいて。
分かりやすい例を挙げると、「犬アレルギー」です。
犬に限りませんが、アレルギーを持っている子が近年すごく増えたと実感しています。
アレルギーチェックが簡単にできるようになったという背景もありますが、綺麗“すぎる”環境、無菌“すぎる”環境が当たり前になってしまった影響でもあると思うんです。
昔は平気で野山を駆け回って、いろんな動物を触っていたので、こんなにアレルギー体質の子っていなかったのではないでしょうか。
ちょっと痒いけど、「まあ、いっか」とか。
——「何か」起きることを考えて何もしないのはもったいない、と。
そうですね。
飼い主と犬が視線を交わすと、お互いの脳内でオキシトシンというホルモンが分泌されるんです。
このホルモンは絆を深めたり、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンの分泌を促したり、不安感や恐怖感を軽減させたりする効果があるといわれています。
つまり、犬と人との触れ合いにメリットがあるということなのですが、これは論文も出されていて明確に立証されているんです[1][2]。
それなのに、「犬アレルギー」が陽性になったから「犬はもう絶対に触れない」「犬NG」としてしまうのはあまりにもったいない。
アナフィラキシーが出てしまうような重篤なアレルギーを持っている子も中にはいますが、実際に触れ合ってみても何も反応が起きない子も多いです。
なのでスクールドッグの活動は、「うちの子は犬アレルギーだから飼うのはちょっと…」という家庭の子どもにも、犬と触れ合う機会を与えられる良いきっかけなのではないかと思っているんです。
もちろん生徒たちのアレルギーチェックも行いますし、犬はいつもテントの中にいて、触れ合う際もテントの中という決まりにしているので、最大限の配慮はしています。

★青木さんが毎月実施している、地域の子どもたちと犬の触れ合いイベントについてはこちら
▶︎DINT0002「日本スクールドッグ協会インタビュー④」のリンク
[1] 菊水健史「オキシトシンによるヒトとイヌの関係性」動物心理学研究 67.1 (2017): 19-27
[2]Miho Nagasawa「ヒトとイヌの絆形成に視線とオキシトシンが関与」
死と向き合い、「命」を知る

——青木さんのお子さんも犬と過ごした子どもの1人です。
実は息子が小学生の頃、学校を休みがちになったんです。
体調が悪いわけではなく、「学校に行っても面白くない」という理由でした。
「スーがいたから…」と本人が思っていたかどうかは分かりませんが、その当時は散歩を兼ねて、スーと一緒に小学校まで登校していましたね。
——犬との生活が「当たり前」になっていたんですね。
もう1つ、すごく印象に残っていることがあります。
一時期、保護犬を我が家に迎え入れたのですが、その子が脱走してしまって。
隣の県まで行ってしまい、そこで亡くなった状態で発見されました。
それを伝えた時、息子たちはとても冷静だったんです。
冷たくなったその子の前まで行って、怖がることも臆することもなく撫でてあげていました。
——命について考えるきっかけになったのでしょうか。
息子たちが7歳前後の時の出来事なのですが、その時期の男の子って「死ね!」を口癖のように言ったりするじゃないですか。
でも安易に口にしなくなりましたし、この経験を経て、「死」というものをしっかりと認識したんだなと思いました。
今でも彼らは生き物にとても優しいですよ。
たとえどんなに小さな生き物でも、カメムシ一匹でも、ベチャっと始末しようとすると怒られます(笑)。
彼らなりに、「命」について習得したんでしょうね。

——青木さんのところにいる子たちは、何歳までスクールドッグとして活躍してもらう予定ですか。
私は「終生現役」で、と思っています。
これには理由があって、子どもたちに「死」と向き合ってもらいたい。
弱ってヨボヨボになっているスーを看取るところまで経験してもらいたい。
そこまで込みで、「動物介在教育」だと考えています。
死と向き合うと、いろんな感情が出てくるじゃないですか。
そのさまざまな感情と向き合う経験を、早いうちにしておいた方が良いと思うんです。
犬と共に描く、新しい教育のかたち

——犬との関わりは大人にとっても有意義でしょうか。
大人からしても、犬との関わり方と子育てや子どもとの関わり方は通ずるところがありますね。
これは私が、犬と子どもたちを同時に見られる環境にいるから分かることなのですが、犬たちの反応と子どもたちの反応が本当に一緒なんです。
例えば、「駄目なものは駄目」とその事象だけ叱るとか。
犬も子どもも、その子自身を否定しないとか。
これができている飼い主は犬にとって一番心地良いパートナーだし、これができている親や先生は子どもからも慕われる傾向にありますね。
——この先、取り組みたい活動はありますか。
保護犬を迎え入れる活動に取り組んでいきたいと思っています。
理由は大きく2つ。
まずは、子どもたちに対する情操教育において、いろんな背景がある犬たちを迎え入れるのは良い影響があるだろうということ。
もう1つは、殺処分という社会課題と教育現場をリンクさせたいということです。
幼少期、私の両親が犬を「衝動飼い」した経験も、一つ関係しているかもしれません。
殺処分対象になる子も実は同じような経緯があるのではないでしょうか。
ペットが欲しくて衝動的に飼ってしまったけれど、よく考えたらちゃんと飼えなくて、保健所に連れていってしまうというケースが理解できなくもないな、と思いました。
——教育という観点ではどうでしょうか。
パピーウォーカー[3]を学校にいる生徒たちに担ってもらうことを検討しています。
盲導犬候補の子犬に学校に来てもらって、子どもたちみんなで1年かけてその子を育ててもらう。
ただ育てるだけではなくて、社会で暮らしていくルールをしっかりと教えなければならないので、いわば「先生」ですよね。
そういった社会体験を、犬を通じてさせてあげられたらと思っています。
盲導犬候補の子犬(パピー)を生後2か月齢から1歳前後までの間、家族の一員として迎え、人と一緒に暮らすための関係づくりや家庭でのルールを教える活動。
[3] 公益財団法人日本盲導犬協会「パピーウォーカーとは」
犬が教えてくれる「ありのまま」の姿

——犬との関わりで、子どもたちに何を感じて欲しいですか。
子ども一人一人、受け取り方や感じ方は違うので難しいのですが…。
とにかく伝えたいのは「ありのままでいい」ということです。
犬は常に「ありのまま」なんですよ。
食べたい時はエサをくれって寄ってきて、遊びたい時は思い切り遊んで、眠たい時には一切反応しないで(笑)。
スーと過ごした子はみんな「スーちゃん羨ましい」って言うんですけど、みんなもありのままでいたらいいんです。
ありのままの自分を出せるようになれば、生きていくうえで怖いことってなくなるのではないでしょうか。
「ありのままでいられる居場所」。
お話を伺っている間、青木さんは何度もこの言葉を繰り返しました。
子どもたちは、学校でも家でも「何者かになろう」と頑張っている。
その頑張りが、時には自分自身を苦しめてしまうこともあります。
でも、犬たちはいつだって、「ありのまま」。
そして、見た目や属性で人を判断せず、「ありのまま」の相手と向き合ってくれます。
知識を教えるのではなく、ただ「そばにいてくれる」「安心感を与えてくれる」存在。
それは、今の子どもたちにとって、何よりも大切で必要な存在なのかもしれません。
教育現場に犬を介在させた理由。
そこには、子どもたちの「安心の土台」を共に築くパートナーとして、犬の力を信じている青木さんの姿がありました。
この記事の監修者

鮎川 多絵 (愛玩動物飼養管理士2級・ライター)
東京都出身。1986年10月生まれ。趣味は映画鑑賞・1人旅・散歩・動物スケッチ。
家族は保護犬1匹保護猫2匹(+空から見守る黒うさぎのピンキー)。
犬と私
子供の時からイヌ科動物が大好きでした。戸川幸夫氏の「牙王」で狼犬に憧れ、シートン動物記で「オオカミ王ロボ」に胸を打たれました。特に大きな犬のゆったりとした雄姿には目を奪われます。保護犬と保護猫の飼育経験から、動物関連の社会問題、災害時のペット同伴避難について意識を向けています。
この記事の監修者

吉田萌 (NPO法人ドッグトレーナー2級)
国際動物専門学校 しつけ・トレーニング学科卒。
噛み・吠え癖の酷い元保護犬のビーグルを里親に迎えた事をきっかけに『褒めてしつける』を念頭に活動。 自身の経験を活かし、しつけイベントにて飼い主に寄り添ったトレーニング方法を指導。 ナチュラルペットフード・栄養学の知識にも精通。保有資格はNPO法人ドッグトレーナー2級の他に、しつけアドバイザー2級、愛玩動物飼養管理士、ドッググルーマー2級など。
資格
NPO法人ドッグトレーナー2級、しつけアドバイザー2級、愛玩動物飼養管理士、ドッググルーマー2級







